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N |
永禄大学附属病院
研修医の斉藤は、医局制度の弊害により
命の危機にさらされている 患者 宮村を助ける術がないか 日々模索し続けていた。
そんな中、転任したばかりの看護師 赤城から
まさに、この世界の不文律を犯す案を聞くことになる。
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赤城 |
(中庭ベンチにて)
いい? 永大の心臓外科に、はっきり言って 実力なんかない…
宮村さんを 本気で助けたいなら
技術水準の高い病院へ 転院させればいい
これは、分かるわね? |
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斉藤 |
…はい…。 |
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赤城 |
だけど、これも分かる??
永大の人間である君が、他の病院へ患者を転院させる事の意味…
これは…永大に対する重大な裏切り行為だよ。 |
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斉藤 |
……。 |
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赤城 |
ここから電車で 2時間ほど離れた病院に
知ってる心臓外科医がいるの。
どこの大学の医局にも属さず、自分の腕1つで生きてきた
手術のプロ……いわゆる一匹狼って奴ね。
その先生1人が1年にこなすバイパス手術の数は、なんと250件…
永大の年12件とじゃ、比べものにならないよね
どうする? 興味あるなら紹介するよ。 |
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斉藤 |
(ベンチからすくっと立ち上がり)
赤城さん!すいません!僕に3万円貸して下さい!! |
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赤城 |
…はぁ? |
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斉藤 |
今日はまだカルテの整理と症例検討会の準備が残ってるんです。
どんなに急いでも あと2時間はかかります。 |
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赤城 |
ちょ…ちょっと、何言ってるのよ、斉藤先生…? |
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斉藤 |
今22時半です!24時半に仕事が終わっても電車はないし
僕の所持金は860円なんです…
お金は絶対に返します!!
僕にその病院まで行くタクシー代を貸して下さい!! |
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赤城 |
な、何ムチャクチャ言ってるの…?
いくら私が紹介するったって、時間も時間だし 日を改めて… |
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斉藤 |
時間が…時間がないんです!
明日になったら宮村さんは外科に移動させられてしまうんです。
そしたらもう、第一内科の僕は 宮村さんの担当医じゃなくなるんです… |
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赤城 |
…… |
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斉藤 |
明日になったら、宮村さんは永大で手術を受けるはめになるんですよ! |
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赤城 |
……
だ、ダメだよ…非常識にもほどがあるよ |
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斉藤 |
(今にも泣き出しそうな顔で哀願) |
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赤城 |
も、もーーーーーーっ!!
ここで断ったら、私が悪者じゃなーーい!! |
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斉藤 M |
午前1時30分--
僕は仕事を切り上げ、タクシーで1時間ほど離れた街まで向かう。
赤城さんの話によると、目当ての外科医は
その駅前のスナックで呑んでいるとのことだった。 |
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マスター |
いらっしゃいませ~ |
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斉藤 |
あの北先生というお医者さんを探しているのですが… |
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マスター |
北先生?ああーあの人だよ、今サブちゃん歌っている人 |
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北 |
( 北島三郎 ギター仁義を歌っている ) |
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斉藤 M |
え…?こ、これが一匹狼の手術のプロ? |
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斉藤 |
(北が歌い終わって話しかける)
あ、あの!赤城さんから紹介していただいた
永大病院 研修医の斉藤英二郎です。 |
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北 |
うん…斉藤くんね…そっちに座ろうか。
オレはさっきの歌をもう何年も毎晩ここで歌っている。
だが一度として 同じように歌えた事をはない。
心臓も同じだ…
何千という手術をしてきたが 1つとして同じ心臓はなかった。 |
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斉藤 |
……。 |
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北 |
すまん、挨拶がまだだったな。
初めまして、南林間病院の北三郎です。 |
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N |
斉藤はこれまでの経緯と北にお願いしたい手術について話す。 |
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北 |
なるほど…要するにアンタは、オレにその宮村さんって人の
手術を頼みたいんだな… |
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斉藤 |
は、はい! 仕事外の しかもこんな時間にお邪魔して すいません! |
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北 |
なに…金にならんことの為に動ける若さは、嫌いじゃない…
だがな……。
5年後にも同じ事してなかったら…
アンタ…ニセモノだぜ… |
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斉藤 |
は、はい…
その…それで手術の話なんですが… |
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北 |
……
心臓手術ってのはよ…
結果がすさまじくシビアな世界でよ…
例えば他の外科手術…仮にガンの摘出手術ならば
患者はとりあえず その場じゃ死なない。 |
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斉藤 |
はい… |
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北 |
手術が大失敗でも 患者は必ず麻酔から目を覚ます。
しかしよ…心臓手術は、その場で死ぬ…
手術中にこちらが少しでもミスをすればな… |
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斉藤 |
……。 |
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北 |
アンタ… 手術で一番大切なものが 何か分かるか…? |
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斉藤 |
…技術ですか? |
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北 |
技術は基本だ
もっと大事なのは 想像力だよ。
オペの前日にオレは想像する
患者の胸を開けてから 閉じるまでの全課程を細部までな…
頭の中で まだ見ぬ患者の心臓を いくつも映像化するんだ
それでも実際にオペで見る心臓は想像とどこか違う
あるべき場所に 血管が見当たらない事などザラだ
しかし血管が見つからなくても オペは始まっている。
時間がかかればかかる程 患者の体は死に近づく。
だけど、オレはそんな自体も想像していた…
それでなんとかパニックを起こさずに踏みとどまれる。
しかし、そのうち出血が始まり 不整脈が起こる。
オレがあきらめたら、患者は死ぬ。
オレは逃げ出したい気持ちと必死に闘う。
結局、演歌も手術も 自分と向き合う作業だ。
一番大切なのはよ…己に克つ力だぜ… |
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斉藤 M |
!!
永大の先生たちは全然違う…!
この人に頼めば、宮村さんは助かるかもしれない…
この人に託せば…
手術を…見たい!! |
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斉藤 |
お…お願いします…お願いします!!
どうか宮村さんの手術をして下さい!! |
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北 |
……。
悪いが…その患者のオペはできない…
俺はもう…メスを置いたんだ。 |
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斉藤 |
え……!!!?
どうしてですか…?
もし…北先生が手術して下さったら…
宮村さんは…助かるかもしれないんですよ。
どうして…手術して下さらないんですか…。
目の前で!! 人が1人 死のうとしているんですよ!!! |
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北 |
……。 |
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斉藤 |
ハァ…ハァ…す、すみません…つい… |
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北 |
……俺は…今まで何千という手術を手がけてきた…
当然のことだが、全ての患者を救えた訳じゃない…
極論すれば、俺はこの手で 何人もの患者を殺している。 |
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斉藤 |
そんな…極論すぎます。
その何百倍もの患者の命を救っているじゃ |
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北 |
(斉藤を遮るように)
殺したんだ!その自覚が無いものは、
医者をすべきではない。 |
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斉藤 |
……。 |
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北 |
2週間前にも、患者を1人死なせてしまった。
72歳のじいさんでな。 手術の2日後に、亡くなったんだ。
手術に特別なミスはなかった。
血管内の老廃物が、脳の血管につまったのが 直接の死因だ。
だが、亡くなったのは オレの患者だ。 |
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斉藤 |
…… |
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北 |
手術中は心臓の拍動を止めて、人工心肺を使った。
しかし人工心肺は、しょせん人工心肺…本物ではない。
生み出される血流は、自然な状態と異なる。
その血流が、血管の内側の石灰化した塊を 剥がしてしまった。
ちょうど古い水道管に、勢いよく水を流したようなものだ
剥がれた塊は体内をめぐり…脳につまった。
こうして…じいさんは、亡くなっちまった。
その夜も俺は、やはりこの店へ歌いにきた。
だがそのことを不謹慎だとは思っていない。
俺は今まで…何千もの手術をやってきた…。
年250回、週に5日もやるんだ。
振り切るものは振り切らんと、次へは進めない。
いつもの歌を…いつものように歌おうとした…
どうしても…
歌えなかった… |
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斉藤 |
……。 |
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北 |
自分じゃ、まるで気づいてなかったんだがな…
ひとつ手術に失敗すると一滴…もう一つ失敗すると一滴…
俺の心の器に、何かが溜っていったのさ…
そしてその日…その、何かがあふれたんだ…
ずっと叫びだしそうな恐怖を 押し殺しながら心臓外科医を続けてきた
より多くの人を救えば…亡くなった人への
償いは絶対にできると信じていたが…
すまない……アンタの力には、なれない… |
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斉藤 M |
翌日----
宮村さんは外科病棟へ運ばれていった…
僕は…宮村さんと目を合せられなかった。 |
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久米 |
行ってしまったな…
これで君は、もう宮村さんの担当医じゃない。
ほれ、気持ちを切り替えろ
仕事は山積みだぞ。 |
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斉藤 M |
時間切れ…僕は、もう…
宮村さんに何もできない…。 |
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出久根 |
なあ、そう自分を責めるなって…斉藤
お前は医者として やれることは全部やったんだからさ…
それより、少し寝てこいよ
この書類は、俺がやっとくから。 |
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斉藤 |
出久根くん…宮村さん、どんな目で僕を見てた…? |
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出久根 |
え…? |
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斉藤 |
さっき転科するとき、宮村さんは僕をにらんでいた…? |
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出久根 |
な、何言ってんだよ!”オレの為にがんばってくれてありがとう”って
そんな感じの目で見てたよ! |
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斉藤 |
(出久根の目をじっと見つめる) |
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出久根 |
(耐えられなくなり逸らす) |
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斉藤 |
本当は…にらんでたんだね。 |
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出久根 |
し…しかたないだろ!?
生きたいと思ってるなら…何にもできなかった俺達はにらまれて当然だよ!! |
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斉藤 |
っ……宮村さんは、僕を憎んでいる…
その一点で 僕と宮村さんはつながっている… |
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斉藤 M |
宮村さん…僕はもう医者としてあなたに何もできない…
だったら僕は、人間としてあなたに関わる!! |
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斉藤 M |
翌日---
僕は、赤城さんに呼び止められ、
人目を避けるように物品庫へ連れて行かれた。 |
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赤城 |
キミ…ウワサになってるよ |
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斉藤 |
えっ…? |
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赤城 |
永大で手術するのはアブナイって宮村さんにもらしたって…
心臓外科の先生達カンカン。
きっとキミの指導医がナースにしゃべっちゃったんだね…
ナースの間じゃ、キミはもうすぐ永大をやめるって話になってるよ |
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斉藤 |
……。
どうして僕がやめなきゃいけないんですか…?
たしかに僕は、宮村さんに本当の事を ぶちまけてしまいました…
だけど、本当の事なんですよ… |
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赤城 |
真実なんて、どうでもいいの!
永大の権威を落とす者は、全員敵あつかいだよ |
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斉藤 |
じゃ!じゃあ!僕がやめれば!
宮村さんは助かるんですか!? |
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赤城 |
ちょ…ちょっと!声が大きいってば |
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斉藤 |
ハァ…ハァ… |
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赤城 |
とにかく、もっと慎重に行動しなさい。
永大以外の外科医にオペを頼みに行ったことがバレたら
キミは確実に ここから追い出されるよ。 |
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斉藤 |
くそっ! |
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赤城 |
……。
ゴメンね…北先生…オペ引き受けてくれなかったんだって… |
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斉藤 |
他に、いい医者は知りませんか!?
じゃなかったら、いい医者を知ってそうな人でも… |
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赤城 |
…!! |
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斉藤 |
僕は…悔しいです…
僕はもう、医者として宮村さんに関われません…
だけど…絶対に…宮村さんは死なせません!! |
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赤城 |
(斉藤を見守るように見つめる) |
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N |
その日、斉藤は空き時間を見つけては
赤城から教わった心臓外科医のリストに片っ端から電話をしていった。
しかし永大の医局に睨まれるリスクを怖れ、医師達の返事は芳しくなかった。
そんな中 斉藤は、思いを巡らせる。
「医者は一体…誰の為にいるんだろう…?」
「患者は一体…誰の為にいるんだろう…?」
「もしも宮村さんを、永大の稚拙な手術のためにしなせてしまったとしたら…
ここは文明社会じゃない。」
「人を殺しても罪に問われないとしたら…ここは法治国家じゃない…」
必死に心臓外科医を探しながら憤る斉藤と同じ頃、
病床で宮村も 1人悔し涙を流しているのであった…。
翌朝---- |
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外科医 |
(響き渡るように)
藤井教授の回診がー始まりまーす! |
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看護師 |
(病室から騒ぎ声)
み…!!宮村さん!!
落ち着いてください!!とにかく!!話し合いましょう!! |
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外科医 |
教授回診ですぞ! どうしました!? |
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宮村 |
先生!!
お…オレの手術は…この病院でしたら成功する可能性が低いそうですね…
内科の研修医の先生にききました…
オレは!死にたくありません…他の病院を探します! |
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外科医 |
あんた!何を言っとるのかーーー!!!
何様のつもりだ!! |
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N |
騒ぎを聞き、宮村の病室前に集まる他の患者達、
看護師達が外科病棟でなにか騒いでいるという話を聞き、斉藤も病室へ向かう。 |
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外科医 |
ええい!関係ない人は入ってくるんじゃない!
誰か!扉を閉めろ!! |
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藤井 |
閉めるな!!
他の患者さんにも、ぜひ聞いていただきたい。 |
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藤井 |
(宮村に近づく)
宮村さん あなたのオペは確かに非常に危険です。
ですが、そのオペを どこの病院でやろうと リスクは同じですよ。
オペというのは そういうものです。
あなたは当院のオペの技術が低いとお考えのようだが
その根拠を お聞かせ願いたい。 |
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斉藤 M |
……宮村さん…退院する気だ。 |
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宮村 |
アンタら手術なんか たまにしかしないそうじゃないか。
そんなの めったに包丁をにぎらない料理人みてえなもんだ |
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藤井 |
なるほど、つまり少しでもオペの回数が多い病院で、オペを受けたいというお話ですね |
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宮村 |
そうだ… |
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藤井 |
よろしい…それではそういう病院へお行き下さい。
ただし…宮村さん…オペの数が多い病院が優秀だと考えるのは違いますよ。
そういう病院の目標は できるだけ多くの患者をさばくことです。
1人の患者に 時間をかけたりはしません。
要は金儲け主義です。
そんな連中に 質のいい医療が できると思いますか? |
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斉藤 M |
違う!! |
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藤井 |
日本の医療制度は 不公平なものでしてな
誰がやっても、何人がかりでやっても”オペの値段”は変わらないのです。
例えば 宮村さんが受ける心臓バイパス手術は 85万4千円
それを我々は何人がかりであたると思いますか? |
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宮村 |
……。 |
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藤井 |
10人です!
儲けだけの病院なら どうしますかな?
当然かかわる医者の人数を減らしますよ。 |
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斉藤 M |
違う!!! |
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藤井 |
我々は全員 心臓外科の認定医です。
全員がオペの経験を6年以上積み、胸部外科学会に4年以上在籍しております。
ところが!
日本では 心臓外科に限らず…医師免許さえ持っていれば
誰がどんなオペをしてもいいことになっています。
どこぞの三流医大出の認定医でもない連中が
毎日毎日患者を 流れ作業のようにさばいているのが現状です。
まるでファーストフードを作るかのようにね
もう一度…よく、お考え下さい…。 |
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宮村 |
……。 |
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斉藤 M |
違う!!! |
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斉藤 |
ち…違う!!!! |
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藤井 |
ん…!? |
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斉藤 |
ハァ…ハァ…
宮村さん!ご自分が退院したいと思ったんなら…するべきです。
僕が絶対にいい病院を探し出します…
だから、ご自分のしたいようにして下さい。 |
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宮村 |
今更…何いってやがる…
アンタは、口だけじゃないか…! |
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藤井 |
下がりたまえ 君はもう宮村さんの担当医じゃないはずだよ。 |
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斉藤 |
教授、実際に年間200例以上のオペをしてる医者と話をしたことがありますか? |
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藤井 |
さがりたまえ |
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外科医 |
帰った帰った!研修医ごときが教授に失礼だぞ!! |
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斉藤 |
僕は実際にそういう医師に会って! 話をきいてきました!! |
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藤井 |
ほほう…つまり…君は永大を裏切って
外部の医者に接触したのだね? |
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斉藤 |
…
ぼ…僕の会った先生は…
北三郎先生は 断じて金儲け主義ではありませんでした!!
もっと……もっと…外を見て下さい。
外にも…世界はあるんです…。 |
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藤井 |
君は永禄大学にふさわしくない。
すぐに辞表を書きなさい。 |
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宮村 |
…! |
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藤井 |
さて宮村さん どうしますか?
退院なさいますか? |
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宮村 |
……わかんねえ…もう…何を信じたらいいんだか…
ねえ教授先生よぉ…アンタ 患者が死んで泣いたことがありますか? |
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藤井 |
そこで泣くものは、プロ失格です。 |
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斉藤 |
じゃあ!!平然としてたらプロなんですか!!
泣いて、自分を許すなら…確かにプロじゃありません…
だけど…だけど… |
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宮村 |
やめろよ…どうして…オレの為に…そこまでするんだよ?
アンタ一体…オレの何なんだよ…? |
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斉藤 |
宮村さん… |
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宮村 |
斉藤先生……オレはアンタを信じるよ… |
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斉藤M |
その日---
宮村さんは永大を退院した。
僕はもう一度北先生に会いに南林間病院へ向かった。 |
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斉藤 |
北先生!! |
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北 |
ああ君か…
オペを引退してから1日が長くてな…
もちろんオペ以外にも 医者の仕事はたくさんある…
だが こんなに落ち着いた気持ちで1日すごすのは医者になってから初めてだよ |
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斉藤 |
あ…あの…
もう一度…メスを握ってもらえませんか… |
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北 |
……
断る |
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斉藤 |
この間 話した宮村さんという患者さん
とうとう永大病院を自主退院しました。
僕は宮村さんと 約束したんです。
絶対に信頼できるお医者さんを見つけ出すって…
もう あとがないんです!宮村さんの心臓は いつ止まってもおかしくないんです! |
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北 |
……
俺の…何がそんなに信頼できる? |
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|
斉藤 |
あの…いろんな病院の先生に電話しましたが
永大の患者をとることはできないという所が多くて…
でも先生は永大の患者だからって理由で断らなかったし…
その…それだけじゃないけど… |
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北 |
アンタ…こんな時間にここに来るって事は、他の仕事は放り出してきたのかい? |
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斉藤 |
か…関係ないでしょ…ほっといてください… |
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北 |
……
なぜその患者の為にそこまでやる… |
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斉藤 |
だって…宮村さんの笑顔を見てみたいじゃないですか…
お願いします!!どうか!宮村さんの手術をしてください!! |
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北 |
……。
分かったよ…すぐに宮村さんをここへ呼ぶんだ…
ただし!執刀医は俺じゃない。心臓手術ってのはチーム医療だ。
俺がすんなり引退できたのも、後進が育っていたおかげでな…
今のこの病院のエースを紹介しよう。 |
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斉藤 |
で…でも…僕は北先生にオペを頼みに来たんであって… |
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北 |
俺の一番弟子じゃ不満か?信用出来る男だぜ。 |
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斉藤 |
分かってます!きっといいお医者さんだろうしうれしいです
でも…なんか… |
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北 |
なんか? |
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|
斉藤 |
なんか嫌です!
僕が宮村さんだったら…北先生じゃない人にオペしてもらうのは嫌です!
北先生という人を信頼したからこそ 僕は… |
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|
北 |
医者への信頼に 人格は関係ない。
問われるのはその能力だ。
どうしても俺じゃなきゃいけないと思ってるなら…
それはアンタのエゴだぜ… |
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|
斉藤 |
……。 |
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北 |
宮村さんに連絡をとってくれ 執刀医に紹介する。 |
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斉藤 |
あ…ありがとうございます。 |
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斉藤 M |
そうだ…これでよかったんだ…
オペをしてくれる医者がいなくて…困ってたんだ。
ここは…喜ぶべきところなんだ… |
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斉藤 M |
その日、斉藤さんは南林間病院に入院した。
病室で僕は斉藤さんと一緒に執刀医の鳥一郎先生から説明を受ける。 |
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鳥 |
初めまして あなたの執刀医をつとめさせていただきます鳥一郎です。
正直 このまま人工心肺を使って手術した場合
どうしても肝臓にかかる負担は避けられません。
ですが…”オフポンプ”なら危険は最小にとどめることが可能です。
通常心臓手術は、心臓の動きを止めて行います。
その間、人工心肺が心臓に代わって、体内に血を巡らせるわけです。
オフポンプとは人工心肺を使わずに 動いている心臓をそのまま手術する方法です。
もちろん動いている心臓に処置をほどこすわけですから…
心臓を止めた場合より、難易度は格段に高くなります。
しかし、人工心肺を使った時のような合併症や
手術後のトラブルはほとんど避けられます。
手術は2日後にできます。お互い頑張って手術を乗り切りましょう。
それでは何かがあればまた呼んでください。
失礼します。 |
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宮村 |
(鳥が病室から出て行くと)
なあ…斉藤先生…
あんたが言ってた北先生って人じゃなかったな… |
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斉藤 |
大丈夫ですよ
腕は北先生のお墨付きですから。 |
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宮村 |
ああ…贅沢言っちゃ…バチがあたるよな… |
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斉藤 |
本当は北先生に頼んだんですがね…
どうしてもダメということで今回は… |
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宮村 |
……今回…?
…
…
じゃあ!!!次回があるのかよ!!!? |
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斉藤 |
……!! |
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宮村 |
す…すまん…
俺は あさって麻酔をかけられて眠ったが最後、
失敗したら二度と目を覚ませないんだ…
ほんの少しだって…悔いは残したくないんだ…!! |
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N |
その頃、北は…
自分の机の前に貼られている たくさんの患者との笑顔の写真の前で
過去の自分を振り返っていた。 |
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北 M |
まだ若かった自分は、腕の良くない教授が執刀し
患者を助けられないという現実が許せなかった…
ある日、我慢出来ずに教授へ噛みつき、そのままぶん殴って出て行った。
20年前、俺は日本の医療に失望し海外へ出た。
その時オーストラリアの病院で世界的権威のプロフェッサー・Mの元
俺は心臓外科医としてのトレーニングをはじめた。
朝一番乗りで病院に行った時、プロフェッサーMが俺なんかよりも
ずっと早い時間に病院に行き、患者一人一人と話しをしていた光景に衝撃を受けた。
そのことをプロフェッサーMに聞くと、
「この病院で一番偉いのは私だ。だから私が一番に患者さんのことを思って早くくるんだ。」
その言葉に俺は絶対にここで何かを掴んでやると思ったんだ。
毎日 朝から晩まで手術に明け暮れた。
俺は英語が苦手だった。 だから自分の未熟さを他の医者達に言い訳すらできなかった。
だから ひたすら自分と向き合ってた。
俺が患者と一緒に写真を撮り始めたのはその頃からだった。
医者と患者との信頼関係がしっかりできてなければ、どこか笑顔がぎこちない。
逆に心の信頼関係を築けた時…患者は最高の笑顔をみせてくれる。
俺があれ程 自分と向き合えたのは…
本当は あの笑顔が見たかったからかもしれない…
信頼… 信頼… |
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北 M |
俺は宮村さんを訪ねることにした。 |
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北 |
遅くに失礼します。
あなたが、宮村さんですか…? |
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宮村 |
ああ…あなたは…
北先生って人ですね。 |
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北 |
斉藤先生は…どうしたましたか? |
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宮村 |
帰ってしまいましたよ…
俺が「北先生じゃなきゃ嫌だ」ってワガママばっかり言うから… |
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北 |
……。
あなたは…なぜ、私をそんなに信頼するんですか…? |
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宮村 |
そりゃ…斉藤先生が信頼してる先生ですから…
俺は斉藤先生を信頼してるんだ… |
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北 |
私に信頼されるだけの価値はありません…
ご紹介した鳥先生のほうが、今や私より上でしょう…
恐らく…斉藤先生もそう思ったから…帰っていったんでしょう… |
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北 M |
宮村さんと別れた俺は、いつもの店へ向かった。
そう…そうだ…一度メスを捨てた人間に信頼される価値などない…
そんなことを考えながら店の扉を開けた… |
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斉藤 |
(北の持ち歌である 北島三郎 ギター仁義を歌っている) |
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北 |
な…!何やってる…
何をやっとるかあああああああ!!!!? |
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斉藤 |
手術…してください!
ぼ…僕は…
僕はしつこいぞおおおおおおおお!!!!!! |
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北 |
っ……
……
……
……
無理だ………………みずからメスを捨てるような人間に……
再び手術場に立つ資格などない……
もう……俺を信じるのは……やめてくれ…… |
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斉藤 |
嫌です!!! |
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北 |
…… |
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斉藤 |
失望したくありません
先生は永大の先生達とは違う…そう思ったから 僕は先生を信じました。
本当に患者さんの事を考えてるんだと思ったから…
でも、これが現実なら…僕は、医者になんかなりたくない…
先生まで 患者さんを見捨てるなら…
僕は 医者になんてなりたくない!! |
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北 |
…………
身勝手な事ばかり言うな……
いくら患者のためとはいえ…… |
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北 M |
患者のため……?
そうだ……この男は患者のために動いている……
身勝手なのは……俺の方だ…… |
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北 |
斉藤先生……俺はまだメスを持てると
本当に信じていいんだな……? |
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斉藤 |
(コクリとうなずく) |
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北 |
だがな いくらアンタが俺を信用しても…
心臓ってやつは 医者を裏切ることもあるんだぜ |
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斉藤 M |
2日後---
宮村さんに麻酔の注射が打たれた… |
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宮村 |
これでオレは眠っちまって…
そのまま手術台にのせられるワケだな…
ありがとうよ斉藤先生…オレのわがままに付き合ってくれてよ… |
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斉藤 |
いえ… |
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宮村 |
考えてみりゃよ…
オレと同じ病気の人は 日本中に何百万人っているんだろ?
そのうち 何人が自分の信頼できる医者と出会えるのかね…
いい医者に会えるかどうか…それで全てが決まっちまうんだな… |
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斉藤 |
信頼できない医者がいること自体、問題なんです… |
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宮村 |
オレはもう満足だよ…
たとえ手術が失敗したとしたって…
オレはアンタに出会えたんだからな… |
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斉藤 |
違う…生きなきゃ意味なんかないんだ… |
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宮村 |
また…会えるよな…? 先生… |
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斉藤 |
当然です… |
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斉藤 M |
麻酔が効き、宮村さんは眠りについた。
手術場では準備が進められた。
宮村さんが運ばれ、鳥先生や他の医師達の準備が終わった。
僕もチームに加わった…
手術場の自動ドアが開いた。 |
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北 |
久しぶりだな またよろしく頼むよ… |
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鳥 |
(笑顔で迎える) |
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北 |
それでは宮村和男さんの 手術を始めます。 |
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北 M |
己に…克て…!
心臓手術のオペ室…
ここは…何が起こるか分からない場所… |
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N |
午前10時30分----
代用血管となる血管を採取
心臓の血管の詰まった箇所へ つなぐ準備を進める。
胸を切り開き 肋骨を切断 心膜を開く。 |
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北 M |
とうとうオレは…ここへ戻ってきたんだな… |
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北 |
メス |
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鳥 M |
さすがです…少なくとも腕の方は、全く衰えてない… |
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北 M |
乗り越えろ…100%の自信を持って手術場に立っている医者などいない…
もしそんな医者がいたら…それは己を過信し、そのことにすら気づいていない人間だ。
誰もが不安を押し殺し…恐怖と闘っている…。 |
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斉藤 M |
速い…!こんなに速いのか…! |
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北 M |
乗り越えろ! 俺は…心臓外科医だ! |
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N |
その時である… |
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斉藤 |
な…なんだ…コレ… |
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鳥 |
心室細動…オペ中、ごくまれに起こる 原因不明の心臓痙攣 |
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斉藤 |
し…心室…細動… |
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北 |
くそっ!!心臓が怒り出しやがった!!カウンターショック行くぞ!! |
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鳥 |
出血しています!! |
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北 |
分かってる!!心臓マッサージが先だ! |
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鳥 |
ダメだ!動かない! |
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北 |
落ち着け、2回目!! |
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斉藤 M |
無理だ…きっと僕が無理矢理オペをさせてしまったから こんな事に…
僕のせいだ…
…
…
死ぬ…宮村さんが死んでしまう… |
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鳥 |
目を閉じるな!!斉藤先生!君は医者だ!
だったら絶対に目をそむけるな!! |
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斉藤 |
…っ!! |
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北 |
動け! 動けえええええええ!! |
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---再び心臓が拍動しだす--- |
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斉藤 |
やった!! |
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北 |
ハァ…ハァ…オペを…続けるぞ… |
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鳥 |
先生…ここは心臓を止めて、人工心肺に切り替えましょう。
また心室細動が起こらないとは限りません。
このまま拍動下で手術を続けるよりは… |
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北 |
確かに人工心肺にのせれば…
心室細動を心配する必要はない…
だが患者は 肝硬変を併発している。
人工心肺を使えば 肝臓がやられて死ぬ危険ははるかに増す… |
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鳥 |
安全策です!ここで人工心肺にのせたからって
誰が先生を責められますか… |
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北 |
(メスにうつる自分の姿を じっとみつめ…)
俺が責める…
人工心肺は使わない…俺は…俺の決断を信じる…!! |
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斉藤 M |
この人は…
この人は…医者だ…
僕は…医者になってよかった… |
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N |
南林間病院の前にある 海の堤防に北と斉藤の姿があった。 |
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北 |
斉藤先生…俺は今までずっと堤防の先へ向かって歩いていたのかもしれないな…
ただ…ただ…振り返ればよかったんだ…
斉藤先生…ありがとう。 |
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N |
数日後、南林間病院---
北の机の前に、1枚の写真が加えられた。
その写真には…
満面の笑顔の宮村と斉藤と北が写っていた…。 |
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N |
「世界医師会リスボン宣言」
患者は十分な説明を受けた後で治療を受ける権利、拒否する権利を持っている。
患者は思いやりがあり、礼儀正しいあつかいを受ける権利を持っている。
患者は患者が理解できる言葉で 病名、治療法について説明をうける権利を持っている。
患者の宗教、国籍、人種、政党、社会的地位によって医師は態度を変えない。
医師は定められた医療費以外の報酬を決して受け取らない。
患者は自由に自分の医師を選ぶ権利を持っている。 |
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