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N |
永禄大学第一外科医局の親睦旅行が
ここ熱海温泉の とある温泉ホテルで開かれている。
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白鳥
(指導医) |
(宴会場の大広間で司会)
それでは皆さん!お待たせ致しました。
我らが最愛の恩師、春日部教授のご挨拶です。
(盛り上がる一同) |
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春日部教授 |
えー我が第一外科の医局旅行も91回目です。
第一外科がここまで発展いたしましたのも、ひとえに皆さん方の努力の賜物です。
温泉につかるのもよし、酒を飲むのもよし。
今日だけは仕事を忘れ、思う存分楽しんでー下さい。 |
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出久根 |
しっかし…すごい人数だな…これが全部、うちの医局の出身者なのかよ…。 |
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春日部教授 |
まあ、長い挨拶は嫌われますので、最後に一言…
お酒を飲み過ぎては、い肝臓。 |
出久根・斉藤 |
…ぁ……。 (いきなりのギャグにぽかーんとしてしまう。) |
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白鳥 |
(静まりかえる会場で ひとり拍手をする) |
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斉藤・出久根 |
う……わははははははははは(大げさなほど大声で愛想笑い) |
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白鳥 |
ふんっ!!(急に立ち上がり、浴衣を脱ぎフンドシ一丁になる) |
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斉藤 |
ちょっ!!な、何やってんですか!白鳥先生! |
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白鳥 |
お前らも脱げ、第一外科医局 恒例の白フン 胴上げ祭りだ。 |
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全員 |
ばんざーい!!春日部教授ばんざーーーい!ばんざーい!!わっしょい!わっしょい!! |
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N |
宴会場を後にし、露天風呂につかる斉藤、出久根と白鳥。 |
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白鳥 |
いいか、これが医者の世界だ。
よく見ておけ斉藤、出久根…医者も会社員と同じだ
医師として実力がある者が出世するとはかぎらない。
医局という社会の中でうまく立ち回った者が、上へ行く。 |
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N |
そんな白鳥の話に聞き入る斉藤。
出久根は仕切りの隙間から女子露天風呂を覗こうと必死になる。 |
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出久根 |
おぉ!!お……おーーーーお… |
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N |
”医局”という言葉を耳にしたことはないだろうか。
大学病院では第一外科医局、第一内科医局、眼科医局という具合に
各科がそれぞれ”医局”という共同体をつくっている。
大学病院勤務中の者はもちろん、国公立や私立の病院に勤めている医師、
さらには町の開業医まで、殆どの医師はどこかの大学病院に出身医局がある。
ではなぜ大学病院に勤務していない者までが医局の指示に従うのか?
日本中の病院はA病院は東大系、B病院は慶應系というように
その殆どがどこかの大学病院の”系列”に属している。
もちろん系列とはいえ、資本関係があるわけではない。
しかし大学医局は、その系列病院の人事権を握っているのである。
もしも民間病院が、新たな医師を必要とした場合、
その病院は大学の医局に相談して医師を派遣してもらう。
つまり民間病院は医師の確保を大学医局に頼るしかなく
医師も医局に所属しないと就職先を見つけることは難しい。
決して背けない組織という意味で”医局マフィア”とも呼ばれるほどだ。
そして人事権を含め、医局の全権力を握るのが、医局のドンたる教授ということになる。
ブラックジャックによろしく 第3話 「医局と斉藤 -患者 宮村和男 前編-」 |
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白鳥 |
医局に入れば教授が神様、
出世もなにもかもが教授の御心次第ってわけだ… |
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N |
永禄大学附属病院 手術を終え着替える斉藤と出久根 |
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斉藤 |
僕って外科に向いていないのかな… |
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出久根 |
あん? |
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斉藤 |
だって、手術がうまくても偉くなるのは 世渡り上手な人なんだろ?
そんなの…なじめないよ… |
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出久根 |
そりゃ、外科とか内科とかは関係ないだろー
どこの科に言っても一緒だよ。
ま、でもお前が外科向きじゃないってのは本当かもな。
外科ってのはきったはったの体育会ノリの世界だからな。
なあそれより合コンしようぜー合コーーーン |
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斉藤 |
またそれかよ… |
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出久根 |
お!ちょうどよく看護師休憩室があるじゃーないの
ヘイヘイ!ナースの皆さーん、ちょっと合コンしないかーーい?
医者って女性が結婚したい相手のナンバーワンなんだぜーどうだい~? |
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赤城(看護師) |
(煙草を吸いながら見向きもせず)
ふぅー研修医なんて給料めっちゃ安いじゃん
時間もないしプライドだけ無駄に高いし、結婚相手には最低ねー |
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出久根 |
くそーーーーー死んでやるーーーーー
白衣の天使なんていないんだーーーーーーー (廊下を走り去る) |
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N |
夜勤明けにファミレスに入る白鳥と斉藤 |
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白鳥 |
(ビールを飲む)
プッハー 当直明けにこっそり抜け出して飲むビールってのは最高だな。 |
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斉藤 |
最高だなんて…先生…結局昨晩のおばあさん、亡くなっちゃったんですよ… |
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白鳥 |
自意識過剰だ いちいち落ち込んでちゃ仕事にならんぞ。
もうすぐ9月か、君の第一外科での研修ももうすぐ終わりだな
これから君たち研修医はいろんな科で研修をつんでいく事になる。
だが斉藤先生…最終的には我が第一外科医局に戻ってこいよ。 |
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斉藤 |
…。
あの…白鳥先生…医局って、どうしても入らなきゃいけないんですか? |
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白鳥 |
…。
もちろん強制ではないが…そうなると研修後の勤務先の病院は、
自分で探さなきゃならなくなるぞ
なんとか自力で勤務先を見つけたところで、
院長はもちろん各科の部長など主要なポストは、大学の医局におさえられている。
出世コースは絶望的だ。
基礎的な研究はできないから、論文は殆ど書けないし学位も取れなくなる。
小さな民間病院で一生はぐれ医者として、細々と生きていくしかなくなるぞ…
医局制度にどんな不満があるのか知らんが、
不満があるなら自分が権力を握って変えるしかないんじゃないのか? |
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斉藤 M |
そして、そんな言葉を最後に 僕の第一外科での研修は終わった。 |
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N |
9月---
斉藤達の新たな研修生活が始まっていた。
第一内科
永大では循環器疾患、つまり高血圧や狭心症など
主に心臓の病気を扱っていて、循環器内科とも呼ばれている。 |
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第一内科教授 |
(タバコの箱にビー玉を入れたものを振る)
皆さん、この箱の中身が何かわかりますか?
これを知ろうとしたとき、外科医の連中は箱を開けて
中身を確かめるしか 能がありません!
我々は箱を開けずに、音や重さで中身をあてる。
それが内科医なのです!
えーそれではこの先からは、指導医から直接指示を仰いで研修を受けるように。 |
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久米(指導医) |
えっと、斉藤英二郎! |
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斉藤 |
はい! |
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久米 |
君の指導医の久米だ これから君の受け持ち患者の紹介をする。
(病室へ移動)
さあ、ここだ。 |
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斉藤 M |
宮村和男 38歳
後に僕は…この患者を巡って”医局”と壮絶な闘いを繰り広げる事になる。 |
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久米 |
患者は信濃町で小さな酒屋を経営している方だそうだ。
昨日の夜、富久総合病院から永大へ転送されてきた。
症状と心電図から、不安定狭心症との診断だ。
検査の結果次第では手術も必要になるな… |
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斉藤 |
(宮村が病室にもどる)
宮村さんおつかれさまでした。検査の結果は夕方までにはでます。
結果が出次第、宮村さんにもお伝えしますので |
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宮村 |
……。 |
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斉藤 |
あの…こんな若い医者じゃ、患者さんとしても不安かもしれませんが…
一応僕が宮村さんの受け持ち医です。
その…なにか困ったことがあったら…
僕になんでも言いつけて下さいね。 |
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N |
斉藤達が第一外科から第一内科の研修に移って2日
再び慣れない仕事に追われ、ろくに食事もとれない日々が始まっていた。 |
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久米 |
おーい、出久根~斉藤~!病棟回診いくぞーーそれ終わったら検査結果の確認な~ |
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出久根 |
は、はーーい。 |
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久米 |
(病室にて)
さてさて今日の調子はどうですか~田村さん?
今朝も心臓のドキドキが来ましたか? |
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患者(女) |
いえいえ、今日は大丈夫でした。 |
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久米 |
そうですか~ 明日はステントを入れる予定でしたよね~ |
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N |
病棟回診を終え 先に診察室に戻る久米と
道具を片付ける斉藤と出久根 |
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出久根 |
ふぅ~… |
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斉藤 |
今度の指導医の先生、やさしそうな感じだねー |
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出久根 |
あーでもホモっぽいけどなー |
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N |
そして久米のいる診察室に戻る |
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斉藤 |
どうですか?宮村さんの検査結果 |
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久米 |
左冠動脈 回旋枝基部が91%…
前下行枝が93%の閉塞状況だ…
こりゃいつ完全につまってもおかしくないな…そうなったら即死だ。 |
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斉藤 |
即死…? |
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久米 |
病室で見ての通りだ…心臓病ってのは
高齢者の病気だと思ったら間違いだぞ
心筋梗塞はガン・脳卒中に続いて日本人の死亡原因第三位で
患者数は642万人…日本人の20人に1人は心筋梗塞だ |
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斉藤 |
20人に1人…とにかくすぐ手術しなきゃいけないってことですよね |
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久米 |
いやいや、手術するかどうかは心臓外科と次の合同症例検討会で
相談してからでないと決められない。 そういう仕組みなんだ。 |
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斉藤 |
仕組みって…。 |
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久米 |
これは数年前に永大で実際にあった話だ
内科でカテ検やってる最中に、冠状動脈が裂けてしまった例があった。 |
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斉藤 |
カテ検? |
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久米 |
さっきやってたやつだよ 冠状動脈までカテーテルを入れて
血管造影などをする検査だ
あっという間に血圧が下がってショック状態になった…
すぐに心臓外科医を呼んだよ…
緊急で修復手術を行う以外、助ける手はないからね。 |
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心臓外科医 |
(回想シーン)
教授は只今外出中です。
夕方の症例検討会まで待って下さい。 |
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久米 |
(回想シーン)
夕方!?そんなに待てるか!!まだ午前中だぞ!手術室だって空いてるじゃないか!! |
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心臓外科医 |
(回想シーン)
教授の許可無しにオペはできません。
夕方の症例検討会にかけて下さい。 |
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久米 |
結局…その患者は亡くなったよ…
教授にだまってオペをしてにらまれたくない…
内科医のミスの尻ぬぐいなんて どうでもいいのさ
それが永大の心臓外科の本音だよ…
隣の医局は外国より遠い…
大学病院とはそういうところだ… |
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N |
その日の夕方、検査結果を宮村に伝える斉藤と久米 |
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斉藤 |
あの…検査の結果が出たのでお知らせします。 |
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宮村 |
…。 |
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斉藤 |
えと…心臓というのは全身に血液を送り出す役目をしていますが、
当然のことながら心臓自体も血液を必要としています。
冠状動脈といいまして、心臓はその表面にある細い血管で
心臓自身に必要な血液を巡らせています。
宮村さんの場合は左側の血管の付け根が、
何らかの原因でつまっていることがわかりました。 |
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宮村 |
…。 |
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斉藤 |
あ、、あの…。今後は完全に血管がつまってしまわないように
血液をさらさらにする薬と血管を拡げる薬を使っていこうと思います。 |
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斉藤 M |
ウソだ… |
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斉藤 |
詳しいことは今度の外科との合同症例検討会で決めるつもりですが
最終的には外科で手術をする事になるかもしれません |
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斉藤 M |
ウソだ!本当は一刻も早く手術をしなきゃ死んでしまうかもしれないんだ… |
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久米 |
(宮村が病室に戻り)
どうした…うしろめたいか? |
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斉藤 |
…。 |
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久米 |
大学病院のシステムの問題は君の責任じゃない
君に出来ることはしっかりと患者と向き合う事じゃないのか?
医者とは病気を診る者ではない、人間を診る者なんだ。
医者にできるのは、あくまで”患者が治る”手助けでしかない
”治る”のは患者さんなんだ
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N |
翌朝、宮村の病室で処置をする斉藤 |
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斉藤 |
何か不安な点があったら本当に遠慮せずに言って下さいね。
できる限りお答えしますから |
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宮村 |
…。 |
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斉藤 |
…宮村さん、僕は確かに未熟な研修医ですけどね
研修医には研修医の存在意義もあると思うんです
だって僕たちはちょっと前まで医師免許のない普通の人だったんですよ
患者さんの気持ちを一番分かるのは
研修医かもしれないって思いませんか? |
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宮村 |
(無言のまま でっかいおならをする) |
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斉藤 M |
くぅ……僕が言っても説得力なしか… |
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斉藤 |
僕ね…自分がなんで医者になったのか分からないんですよ
僕の名は斉藤英二郎です。親は中学校の英語の先生でその次男坊だから英二郎です
名字の斉藤というのも平凡です。
それがくやしくて一生懸命勉強しました…
子供っぽいと言われるかもしれないけど…
僕は自分が「普通」だって事がコンプレックスでした。
永大医学部入学が人生の目標で、医者がどういうものかはよく考えてませんでした
永大に入ったら周りは想像以上にすごい家の人ばかりで
ますます自分の普通さにコンプレックスを持っちゃいました…でも
僕が医者になるために、親は何千万という借金までしてくれてるんです。
僕は、いい医者になりたいんです…!! |
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宮村 |
……。
なあ先生… |
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斉藤 |
…!! |
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宮村 |
オレはよ…自分がどうしてここにいるのか分からないんだ…
半年ほど前に左肩が痛くなって、近くの診療所にいったら肩こりだって言われた。
だけど何ヶ月しても治らねえから、もう少し大きい病院に行った。
だけどそこでも検査だけで一向に体は良くならねえ
医者も検査には時間がかかるって言うし、
俺もそんなもんかって我慢してた…
そうこうしてるうちに仕事中にぶっ倒れちまったんだ…
救急車でいつもの病院へ運ばれた。
そしたら「ウチでは手に負えない」ってここへ送られたんだ…
家は信濃町でね…ここまでこなくても途中に大学病院はあるんだがな…
どうしてこんな遠くまで連れてこられたんだい? |
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斉藤 |
そ、それは、その…富久総合病院は永大系列でして
担当の医者は出身医局のここが紹介しやすかったんだと思いますが… |
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宮村 |
要するに病院の都合か…? |
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斉藤 |
…。 |
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宮村 |
なあ先生……オレの命はあんたらが預かってんだろ?
あんたらの事…オレは信じてもいいのか…?
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N |
永禄大学附属病院 別名「坂の上」
ここへ辿り着くには、長い坂道を登らなくてはならない。
翌朝、息を切らしながら必死にママチャリを漕ぎ病院に向かう斉藤 |
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久米 |
なるほど…結局君は宮村さんの前で黙り込んでしまったわけだ |
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斉藤 |
だって…宮村さんは本当なら今すぐにでも手術しなきゃいけないんですから |
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久米 |
だけど患者はこの病院は信用できるのかって訊いてきたわけだろ?
黙ってちゃますます不安にさせるじゃないか |
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斉藤 |
…。 |
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久米 |
ウソも方便だよ コミュニケーションはとっといた方が印象はよくなる
失敗したとき訴えられる確率もへるしね。 |
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斉藤 |
そ、そんな…。 |
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久米 |
(宮村の病室に入る)
宮村さんおはようございますー調子はいかがですか?
数字はなかなか順調ですね~手術をするかどうかは今日の外科との会議で決まりますんで |
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斉藤 |
あ…あの…
昨日は答えにつまってしまって すいませんでした
だけど僕たちは、患者さんのために全力をつくします…
どうか…僕たちを信じて下さい。 |
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N |
心臓の病気は殆どの場合、内科で治療を受ける。
しかし心奇形や弁膜症、重症の狭心症など
一部の疾患では手術が必要となる。
この為、永大では循環器内科と心臓外科が、
月に一度、合同症例検討会議を行い
これからの患者が手術の適応と要約をみたしているかどうかを判定するのだ |
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斉藤 |
宮村さん…ついに僕と目をあわせてくれませんでした… |
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久米 |
患者によって相性のいい悪いは仕方ないさ
さ、症例検討室に着いたぞ…
いいか、気後れするなよ…中にいるのはきったはったの異世界の住人だ…
口答えしなきゃ命まではとられない… |
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内科医 |
えー…これが胸部のレントゲンです… |
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心臓外科医 |
おいこら!!聞こえねえぞ!!胸部レントゲンはもういい!!!
弁輪部のエコー所見はどうなってんだ!! |
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藤井
(心臓外科 教授) |
まったく、何もできん内科医が永大を名乗るとは恥ずかしい限りだ |
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心臓外科医 |
ぐずぐずしてんじゃねえぞ!こら! |
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久米 |
これが心臓外科だ…奥にいるのがここのボス、藤井義也教授…
まあ医者というよりは政治家だな
金と女と権力が大好きだ。 |
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斉藤 |
……。 |
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心臓外科医 |
もう一度、心カテやって出直してこい!!!
次っ!!第一内科CABG予定患者!! |
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斉藤 |
だ、第一内科の斉藤です。症例は宮村和男さん38歳
酒屋を経営してる方です。
えーご覧の通り前下行枝、回旋枝とも広範囲に狭小化…
計算すると93%および91%とともに高度の閉塞状態です。 |
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心臓外科医 |
おう!手術だな! |
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斉藤 |
げ、現在ヘパリン 時間800単位 ACTは200とミリスロールを投与していますが
つぎに血液所見を申し上げます。 |
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心臓外科医 |
(被せるように)
もういい!!!手術だ!てめえこんなんなってから持ってきやがって!! |
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久米 |
あの…それでは、手術の方はいつごろお願いできますか? |
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心臓外科医 |
そんなことはこっちで決める!
決まるまではおとなしくそっちで面倒見てればいいんだよ |
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斉藤 |
で…ですが、昨日も胸痛の訴えが数回ありましたし、
すぐに手術したほうが… |
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藤井 |
ねえ坊や…我々はいつもあなたたちの尻ぬぐいをやってるんだよ…
心臓のことは我々心臓外科医が一番良く分かっておる
我々にまかせてもらえんかね…?
うちは「坂の上」だよ…
永大で無理な事は、どこ行っても無理なんだ。 |
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N |
隣の医局は外国より遠い… |
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出久根 |
なーーんだよ斉藤ー久しぶりに早いんだから
遊びにいこーぜーー! |
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斉藤 |
ごめん…帰ってもう少し心臓病の勉強したいんだ
お金もキビシイしさ… |
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出久根 |
もっと気楽にやれよー!楽しむことも覚えなきゃ
人生つらすぎるぜー!それじゃあなーーー!!
(バイクで走り去る) |
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赤城
(手術部看護師) |
ですから!バスで帰りますって!!
いや、本当に遠慮なんてしてませんから! |
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藤井 |
(オープンカーに乗せようと必死に)
なあに、よいではないか!よいではないか! |
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赤城 |
もう、お引き取りください!! |
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藤井 |
はっはっはっ!強がりおって、じらし作戦じゃなーーー!??
また来るぞ-ーアディオース!! |
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赤城 |
もうっ!! |
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斉藤 M |
あれは、藤井教授とどこかで見かけた気がするお姉さん… |
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赤城 |
あーもう!!次のバス全然来ないじゃない!!
(イライラを発散するかのごとく、歩いて坂を下り出す) |
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斉藤 |
(自転車で追う)
あの…歩くと結構ありますよ…女の人だと30分以上かかるかも…
よかったら…うしろ乗ります?? |
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赤城 |
(後ろに乗りながら)
ったく なんでこんな山の上に病院なんか建てるの…?
オマケに30分に1本しかバスないし…
いろんな病院を渡り歩いてきたけど永大は最低ランクね… |
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斉藤 |
え?永大病院で働いてるんですか? |
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赤城 |
赤城カオリ 今月からここの手術部で看護師をしてるの |
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N |
斉藤はそんな赤城に今抱えている患者の話をする。 |
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赤城 |
ふーーん、今にも死にそうな患者がいるのにオペの時期が決まらないの… |
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斉藤 |
(自転車を漕ぎながら)
外科とか内科とか医局の壁だとか
もっと患者さんを中心に動いていかないといけないと思うんですけどね… |
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赤城 |
男なんてみんなそう…変なプライドばっか高くて
すぐに権威を見せたがるんだから |
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斉藤 |
僕も大してかわりません
カゲで悪口言ってるだけですから… |
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赤城 |
ねえ斉藤先生 もしキミが手術を受けるならどんな病院で受けたい? |
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斉藤 |
え?
…なんだかんだ言って大学病院なんですかね…
いざっていうとき医者の数が一般病院より圧倒的に多いですから |
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赤城 |
バカだな…手術”ウデ”は医者が多すぎたら鈍くなるんだよ…
手術なんてすればするほど上手くなるんだから
患者に対して医者が多すぎる病院は
手術はあんまり上手くなんないのよ |
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斉藤 |
あ……そっか…… |
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赤城 |
バイパス手術ってのは年に約1万8千件あるの
そんでもって日本には心臓外科医が約3千人いる。 |
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斉藤 |
じゃあ1人平均 年6人やってるって事ですね |
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赤城 |
だけど心臓手術の場合、1人の医師がその技術を維持するために
年100回はオペが必要なの
でも永大の手術室の記録を見たところ
この病院はこれだけ心臓外科医がいて、
去年は12人しかオペしてないようね。 |
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斉藤 |
だ…だけど心臓外科の教授は永大でできないことは他でもできないって |
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赤城 |
そりゃ天下の永大だもんね…
自分達より優秀な人間がいるなんて想像すらしないんだよ
だから ”一流” はアブナイのよ |
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N |
翌朝、斉藤は宮村の検査数値に疑問を持ち、
久米のところ相談に行く。 |
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斉藤 |
久米先生…実は宮村さんの血液検査の結果でちょっと気になる点があるのですが |
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久米 |
……。
なんて事だ…宮村さんの体は、この手術に耐えられない… |
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斉藤 |
え…? |
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久米 |
宮村さんは肝硬変を併発している。
プロトロンビン活性が、50%を割るほど血液凝固能が低下していると、
手術は難しい…。
人工心肺を使えば、さらに肝機能が低下して
そのまま回復しなくなる、危険性も増す。
宮村さんの手術の成功率は 極めて低い…
手詰まりだな…。 |
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N |
翌日、宮村に説明をする久米と斉藤 |
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久米 |
昨日の心臓外科との会議の結果
宮村さんには冠状動脈バイパス手術を受けていただく事になりました。
冠状動脈バイパス手術というのは、
心臓の血管の詰まってしまった部分に 別の血管を繋ぐ手術です。
要するにつまったパイプを別のパイプで迂回すると考えて下さい。
バイパスには内胸動脈という胸の裏側にある血管を使います。
手術の日程など…細かい事は、追々お話していきますので…
それでは失礼します。 |
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久米 |
…宮村さん…もうベッドの上に起きる気力もなくなったな |
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斉藤 |
…どうして、本当の事を言っちゃいけないんですか…? |
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久米 |
医師法 第23条に 健康指導義務 というのがある
医者は患者が不健康になる事を、してはいけないという法律だ。
不安を与える事は、心臓にとって好ましくない。 |
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斉藤 |
そんな…そんなのただの… |
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久米 |
そう、こじつけだよ。
本当の事を言って、宮村さんが周囲に不満をもらしてでもしてみろ…
万が一の時に、こちらの立場が不利になるだけだよ。
第一、真実を告げて何がかわる?
結局オペは必要なんだ。 |
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斉藤 |
っ…… |
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久米 |
仕事は山積みなんだ、
余計な頭を使って、仕事を遅らせるな。 |
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斉藤 M |
思考を…停止させろって事ですか…? |
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N |
連日、激務が続く研修医達
忙殺される度に、斉藤は自問自答する。 |
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斉藤 M |
くそ…僕は一体なんなんだ…
僕は…なんのために…こんな事をしているんだ…
止まるな…止まるな… 僕の… 思考… |
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N |
数日後、宮村の病室の入口に立つ久米と斉藤 |
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斉藤 |
どうしても…僕1人で行かなきゃいけませんか…? |
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久米 |
私は心臓外科に呼ばれている
たぶん宮村さんに関する事だ。 |
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斉藤 |
でも… |
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久米 |
子供みたいな事を言うな
朝夕の回診は君の義務だ。 |
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斉藤 |
……。
失礼します… |
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宮村 |
…… |
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斉藤 |
痩せましたね…
引き続きヘパリン点滴と二トロールの服用をお願いします。
宮村さん、何かありましたら言って下さい…。 |
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宮村 |
… なあ … 先生 … |
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斉藤 |
…? |
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宮村 |
昔 入院してたウチの親父が死んだときさ…
病院の方からちゃんとした説明は何もなかったんだ
医者って…やっぱり怖いもんな…
なんとなく…何も訊けなかった…
気がついたら、葬式が終わって…親父は骨になってたんだ… |
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斉藤 |
……。 |
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宮村 |
もうすぐ…オレも…そうなるんだな… |
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斉藤 |
………
………
っ……! ほ … 本当は …
今すぐに…手術が必要なんです…
手術が…遅れているのは、病院側の勝手な都合です…
宮村さんは…肝硬変も悪化しているため…手術は非常に危険です…
はっきり申し上げて…このままでは…
助かる見込みは…ほとんど、ありません…
ぼ、僕も…どうしたらいいか…分かりません…
ごめんなさい………。 |
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N |
事務室で久米の前で泣く斉藤 |
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久米 |
君は、医者に向いてないな。 |
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斉藤 |
だって…だって… |
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久米 |
まあ いいさ どのみち君は
もう宮村さんに近づけん… |
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斉藤 |
……っ |
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久米 |
明日
宮村さんは 外科病棟に移ることに決まったよ
君の役目は、今日で終わりだ。 |
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久米 |
(斉藤の頭のなかで響く)
君の役目は、今日で終わりだ |
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斉藤 M |
(1人誰も居ない待合室で座り込む)
最低だ…僕は何もできないくせに…
宮村さんを、ただ不安に陥れた…僕は… |
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藤井 |
(病院の外から声が聞こえる)
ほれ!今日は車に乗っていかんかい!ほれほれ! |
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赤城 |
でーすーかーら!本当におやめ下さい! |
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藤井 |
はっはっはっー!ワシはじゃじゃ馬な女ほど燃えるんじゃあ!!
今日はこのくらいにしておこう!アディオス!! (走り去る) |
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赤城 |
ああ!もう! |
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斉藤 |
赤城さん… |
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赤城 |
あ…斉藤先生…
このあいだはありがとう、おかげで助かったわ。
もう帰るところ? あ 白衣着てるし違うか… |
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斉藤 |
(泣き声) あ゛ーがーぎーざーん゛ |
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赤城 |
ちょ…ちょっと… |
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N |
病院の中庭のベンチで、赤城に今日までのことを吐露する斉藤 |
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赤城 |
それで…?このまま自己嫌悪だけして
宮村さんとはお別れ…? |
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斉藤 |
(うなだれながらも首を大きく横に振る) |
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赤城 |
だったら!やることは決まってるじゃない!
今すぐ、宮村さんの退院手続きをとるの!
他のいい医者のいる病院に連れていくんだよ…! |
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---後編に続く--- |
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