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斉藤(研修医) |
(手術着を脱ぎながら)
昨日の朝からもう24時間ここにいるよ・・・ |
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出久根(研修医) |
(手を洗いながら)
オレもさ
教授の実験の手伝いでさ…
3時間しか寝てねえ… |
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斉藤 |
じゃあ僕の勝ちだ
2時間しか寝てない! |
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N |
永禄大学 医学部 卒業から3ヶ月、斉藤は今、永禄大学附属病院で研修医をしている。
研修医というのは、要するに見習いである。
医者になるには、大学で6年間医学を学び、医師国家試験に合格しなければならない。
ところがその国家試験は、医学の知識をみるもので、実技試験などは含まれていない。
そこで医師免許を取得した者の大半は、その後2年間 大学病院などで研修をする。 |
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N |
ブラックジャックによろしく 第1話 「研修医の夜」 |
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--食堂にて-- |
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出久根 |
はぁ…手術の後で、うまそうに飯を食っている自分が嫌だ…
なあ斉藤、オレはこのままでは人の心を無くしてしまう… |
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斉藤 |
(食べながら) 何言ってんだよ!日本の医療を支えてるのは 俺達なんだぞ! |
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斉藤 M |
ここ永禄大学附属病院での1日平均労働時間16時間
月給はわずか3万8000円。
日給ではなく月給である。
うちの病院の待遇が特別に悪いわけではない。
私大病院の研修医の月給は10万円以下の所が約7割を占める。
その給料で寮も食事もないんだから生活できるわけがない。
そこで… |
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誠同病院長 |
ふむ、斉藤英二郎25歳、永禄大学医学部卒、この病院の当直は初めて…と…
ほぉ永大卒…エリートって奴だな…。
それでは斉藤君、本日から君に当院の当直のアルバイトをお願いする。 |
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斉藤 |
はい!
永大の名に恥じぬようがんばります! |
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誠同病院長 |
今夜は初日と言うことで特別にもう一人当直がいる。
ここのやり方は彼に訊いてくれ…では、よろしく。 |
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斉藤 M |
これが研修医の現実だ…… |
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斉藤 |
失礼ます!初めまして!当直のバイトにやってきました永大の斉藤です |
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牛田(勤務医) |
(斉藤の方に振り返らず ひたすら飯をかき込む) |
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斉藤 |
あ…あの…永大から、当直に来ました斉藤です…。 |
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牛田 |
(食べながら振り向きもせず) 永大出!食っとけ…食えるときに食っとけ!
そして、寝とけ! 寝られるときに寝とけ!
(そう言い残し出て行く) |
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斉藤 M |
あっ…行っちゃった…
と言われても何をしてよう…
ん?この病院の資料かな。
えっと、誠同病院 ベッド数120、地域の中核を担う大規模病院か。
勤務医は3人、面談をした人が院長でさっきの人が牛田さん、今夜は僕と牛田さんの2人きりか。 |
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看護師 |
斉藤先生!急患です!! |
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急患(男20歳) |
いてえええよーーーー!いてえーーよー!! |
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牛田 |
急ぐぞ!こっから先は戦場だ! |
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斉藤 |
はい! |
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看護師 |
患者は20歳の男性!30分ほど前にバイクで転倒、左足大腿部が折れています!! |
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牛田 |
血算・生化と血型を大至急!!
全血を10単位取り寄せろ!
おい永大出!メインルートのラクテック全開
ハイドロコートン100ミリ 側管注しろ!! |
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斉藤 |
あ…ぁ…(慣れない手順に慌てる) |
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牛田 |
遅いぞ!永大出!!終わったらクロスマッチしろ!! |
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N |
やがて処置が終わり、落ち込む斉藤と煙草を吸う牛田。 |
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斉藤 |
あの…すいません…何の役にも立てませんでした… |
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牛田 |
落ち込んでる暇なんかねーぞ、始まるのは…これからだ…。 |
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N |
再び静寂を破り、急患が次々と運び込まれてくる。 |
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急患(女・重傷) |
(痛みに耐えきれず泣き叫ぶ) |
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斉藤 |
牛田さん!血圧が下がってきています! |
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牛田 |
いいからだまって輸血しろ!!こんだけ暴れる元気がありゃ大丈夫だよ!! |
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看護師 |
次の患者は事故で交差点で正面衝突!意識不明です! |
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牛田 |
永大出!!もたもたすんなぁ!! |
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斉藤 |
は…はい! |
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斉藤 M |
す…すごいな、牛田さん… |
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N |
そして戦場のような夜が明け、ぐったりとへたり込む牛田と、どこか満足げな斉藤。 |
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牛田 |
おい…何ニヤついてるんだよ永大出。 |
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斉藤 |
この病院はすばらしいです。
絶対に救急車の受け入れを拒否しない… |
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牛田 |
けっ!おまえ素人みてーな事、言ってんじゃねーよ…
医者の診療行為は全部点数制になってる。
カンチョーしたら42点、採血したら12点、その点数の合計が医療保険から医者に支払われる。
一律1点10円だ。
ところが、交通事故の場合はちょっと違う…
治療費は医療保険ではなく、自動車損害賠償保険から支払われる。
自由診療と言ってな…この場合は1点単価、要するに1点の値段を医者が勝手に決められる。 |
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斉藤 |
…って事は、つまり…交通事故の場合は好きなだけ医療費がとれるって事ですか…? |
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牛田 |
気づいてきたか…?
ウチが受け入れているのは交通事故の患者だけだ…
この病院は交通事故の場合、一点単価は40円、いまだに普通の4倍もぼったくってる。
結局、金なんだよ…社会奉仕でやってるわけじゃねぇ… |
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斉藤 M |
この日のバイト代は8万円だった。
たった一晩で研修医としての月給の2倍以上を稼いだ…
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-永禄大学附属病院- |
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出久根 |
昨日も睡眠時間3時間…この世で一番不健康なのは、研修医だな…
で、そっちはどうだった…バイト |
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斉藤 |
うん…8万貰ったけど…受けとっちゃっていいのかな…このお金… |
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出久根 |
いーんじゃねーのー、そんだけ働いたんだし。 |
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斉藤 |
だけど…こんなお金…僕は、汚い大人になんかなりたくない…。 |
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出久根 |
オレさ、正直言って医者になりたいと思ったことないのよ…
受験戦争のエスカレーターに乗って、ひたすら上を目指してさ…
気がついたら医者になってた…
医者って、一体なんなんだろうな…
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-この日の晩、当直のバイト先である誠同病院院長室に入る斉藤- |
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誠同病院長 |
斉藤君、今夜のバイトから10万円出そう。 |
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斉藤 |
えっ!? |
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誠同病院長 |
今夜から君1人だ、不満ならもっと出すぞ。 |
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斉藤 |
いえ…そんなんじゃ |
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誠同病院長 |
1人じゃ不安か?
現在日本には24万の医師がいる。君はこの数字をどう思う? |
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斉藤 |
人口500人につき1人の医師…これは他の先進諸国に引けを取りません…大したものだと思います。 |
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誠同病院長 |
模範解答だな、だけど大事な事を忘れている。
病院の数だ…
日本は医者も多いが、病院の数もべらぼうに多い、
だからうちほどの規模の病院に勤務医はたったの3人だ。
つまり…日本は1つの病院あたりの医者の数は極めて少ない。 |
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斉藤 |
…分かっています…医者だって家庭もあるし人間です…
たった3人で毎日日勤してその上夜勤までなんてカバーできません。 |
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斉藤 M |
生活費が欲しかった…そんな自分が、なんだかとても悪い事をしている気がした |
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N |
夜間の病院には研修医しかいない。
それは大学病院などを除けば珍しい事ではない。
むしろ日本中の病院でそれが常識なのである。
死にたくなければ夜間に車に乗ってはいけない、万が一事故を起こしたとしても、
まともな医者に診察してもらえる可能性はほとんどない…。
それがこの国の夜である…
全国79の大学附属病院に対するアンケートの結果、
研修医のアルバイトが禁止されているのは全体の2%に過ぎず、
アルバイトに出た研修医のうち、80%が単独診療を経験しているという。
しかも単独診療を経験した研修医の、実に90%以上が不安を抱えながら診療をしている実態にある。
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救急救命士 |
(消防本部へ連絡)
事故です!20代の男性、外傷 打撲 全身に骨折の可能性があります。
レベル30 呼吸24 脈拍120です!
本部、急いで下さい!こっちは出発できる状態です! |
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看護師 |
患者!受け入れ準備出来ました!
あと10分で救急車が来ます!
斉藤先生!早く!早く手術場に入って下さい! |
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斉藤 |
わ、わかってます!
えと、牛田先生の連絡先は…
(電話をかける)
あ、もしもし牛田先生のお宅でしょうか? |
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牛田
(留守電メッセージ) |
「いぇーい!牛田です~只今留守にしてますので、ご用の方は発信音の後にメッセージをどうぞ~」 |
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斉藤 |
(メッセージに被せるように)
起きて下さい先生!急患です!オペが必要な可能性があります!先生!
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看護師 |
来ました!救急車到着です! |
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斉藤 |
(電話をたたき切る) クソ!! |
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斉藤 |
…牛田さんも院長もいない…
無理だ…
肝臓が破裂して、消化管もどこか穴が空いている…
こんな大手術、僕…やったことない…
どうすりゃいいんだ…このままでは死んでしまう…
無理だ…
なにもできない…どうすりゃ… |
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看護師 |
どうしたのかしら…斉藤先生、確認に行ったっきり もう30分も戻ってこない…
困ったわ… |
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-その時手術場に院長が姿を現す- |
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看護師 |
い、院長! |
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誠同病院長 |
婦長から連絡があった…
私が執刀する。 |
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N |
院長の執刀の元、無事手術は成功する。
術後、院長が斉藤の篭っている部屋に入る。 |
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誠同病院長 |
…こんな所にいたのか、斉藤君…。 |
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斉藤 |
あ…あの…患者さんは…… |
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誠同病院長 |
なぜオペをしなかった? |
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斉藤 |
……。 |
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誠同病院長 |
ほっといても死ぬ…どうせ死ぬなら腹を開けろ。 |
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斉藤 |
だ、だって失敗したら殺人ですよ…。 |
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誠同病院長 |
なんにもしないよりマシだ、君はあの患者を見殺しにしようとした。 |
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斉藤 |
ち、違う!!
夜中に僕みたいな研修医を1人しか置かない病院が悪いんだ!!
医者が足りないなら、救急車なんて受け入れなきゃいいんだ!!
い、院長は、お金が欲しいだけじゃないですか! |
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誠同病院長 |
で?
人の命を救うんだ、金をふんだくって何が悪い?
そもそもオレが金をとる事と、お前がオペをしなかった事に何の関係がある?
お前は医者だ、新人だろうが半人前だろうが、患者にとってお前は医者だ。
オペに失敗したら殺人だと?
もとはと言えば、悪いのは事故を起こした本人だ。 |
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斉藤 |
…… |
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誠同病院長 |
必ずオペはしろ、聞こえのいい正論を口にするな。
正しいってのは弱いって事だ
強いってのは悪いって事だ。
医師免許を取った瞬間から、お前は普通の人間ではない!
医者なんだ!
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斉藤 |
(声を殺し泣く) |
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誠同病院長 |
強くなれ…… |
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N |
そう言い残し、院長は斉藤が篭っていた診察室から出て行く。
夜が明け、誠同病院に勤務医の牛田が姿をあらわす。 |
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牛田 |
おーっす!永大出~! |
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斉藤 |
う…うしださん… |
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牛田 |
夕べは悪かったなーうっかり深酒しちまって電話に気づかんかったー |
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斉藤 |
……。 |
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牛田 |
なんだよ?あん?おまえ、また落ちこんでんのか? |
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斉藤 |
…… |
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牛田 |
昔な…オレもかみついた事あるんだよ
あんたのやり方は間違ってる、医療は金儲けの道具じゃない! って院長にな。
今でも、正しくないと思っている。
だけどよ… |
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重傷患者の母親 |
(病室から声が漏れる)
無事だったのね!!ひろし!!無事だったのね!!ああ!よかった!(うれし泣き) |
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牛田 |
でもな、正しいって事で自己満足しても、何も変わらねえ。
あの人は、命を救い続けている。
それは、事実なんだ。 |
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斉藤 M |
……
なんなんだ…
医者って一体…
なんなんだ…? |
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N |
研修医とあわせて、近年問題視されているのが勤務医の就労実態である。
急がれる医師養成も、少子高齢化により医師全体が高齢化し
医師増員の効果は限定的であるとも示唆されている。
少ない支出で高い医療水準を保つ日本の医療は、まさに理想的とも言われるが、
日本の高水準医療は、医師の過重労働という犠牲の上に成立しているのが実態である。 |
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